人を育てる

父を見送り、すべて止まって気づいたこと

体が止まって初めて見えた、一番大事なこと

今日の要点

こんにちは。今日は「全て止まって気づいたこと」という内容でお伝えします。

初めに、今日の要点をお話しします。今月の初め、父が他界しました。その後、私が怪我をしました。結論です。頑張りすぎて、自分では止まれなくなってしまった時に、体が代わりに止めてくれることがあります。

もう少し詳しく話します。今月の初めに父が他界して、私はすぐに日常生活に戻るように活動を再開したのですが、約1週間後、体が止まれというように痛み出しまして、仕事以外は全てを止めています。

そして、止まってみると見えてきたものがあります。それをお話しします。

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3年前の怪我が教えてくれたこと

それは、父の件とは別に、3年前の私の仕事の件なのですが、3年前に私はやはり足元に怪我をしました。

そのおかげで、6年間続けてきた自分のプロジェクトが続けられなくなりました。その時は、なぜこのような怪我をするのだろうと思いつつも、何か神様の大きな力が私を止めているんだろうと思ったまま、3ヶ月間、そのことについて悩み続けました。

そして今となっては、その怪我の意味がよくわかり、神様のプレゼントだと、その怪我に感謝をしているくらいです。その経験があったので、今回、父を見送った後、約1週間後にまた体の中で何かがボキッと言って動けなくなったことにも、絶対に大きな意味がある、後でわかると、私は冷静に受け止めていました。

そして、これが今日の結論ですが、生活が止まってみて分かったことは、本当に大事なことだけが残るということです。私にとってそれは、人を育てることだと気づきました。私の場合は、その手段として言葉を使うことだと気づきました。それはつまり、このような形で音声発信やブログ発信を続けていくということでした。

止まれなかった私の体験

さあ、それでは本題に入ります。まず、私がなぜこうなってしまったのか、その出発点となった失敗談というか、体験をお話しします。

父がホスピスに入ることができたのが、先月の上旬でした。私は30日間、ほぼ毎日通い続けました。

そして、父を見送った後も、気が張ったまま、すぐに日常生活に戻るようにして、無意識に頑張り続けていました。それは自分の疲れに気づかないふりをしたかったのかもしれないし、自分は大丈夫だ、自分はセルフコントロールできていると、強く自分に言い聞かせていたということもあります。

そして、約1週間ぐらい経った時、体の中でボキッと音がした気がしました。その夜から痛みがだんだん強くなり、夜、横になることができませんでした。横になった後は、今度は起き上がることもできず、一体何が起こったんだと悩み続けました。

その後の1週間の間に、検査をしに2回ほど病院に行きましたが、大きな異常は見つかりませんでした。そこで、「ちょっと痛いところはありますけど、仕事はできます」と言って、すぐに仕事に戻りました。過去の経験があったので、今回の怪我も、大きな異常がなければ早く回復すると思ったからです。

他の人から見ると、仕事は全く支障なくできているのですが、自分が実際に家に帰ると、寝てばかりの時間を過ごしていました。このように「自分は大丈夫」と動き続けてしまうのは、私だけではないかもしれないと思い、このお話を続けます。

寝てばかりの自分に気づきました。私は仕事以外では、スポーツをしたり、色々と生活を楽しむようにしています。でも、この痛みが続くうちは何もできないので、仕事以外は全て止めることにしました。本当は仕事も休みたかったのですが、仕事先での信頼を失うのが怖かったので、日数を半分ぐらいに減らしてもらって、無理やり続けることにしました。

そして、家ではご飯を食べて寝るだけにして、12時間以上しっかり休むようにしました。

止まってみて見えたこと

その間、あるドラマを30話ほど見続けてしまいました。それは、戦争で親を失った子供たちを守り育てたという話でした。大事なのは、自分が死んだ後でも、その志を引き継ぐ人材を育てていくことだなと、私はそのドラマを見て強く思いました。

また、偶然、同じ時期ですが、ある武道の先生のエピソードを聞きました。その人は、志ある人間を育てて日本を立派な国にしたいという思いで、その武道を続けていたそうです。幼稚園か小学校の低学年ぐらいの子供から成人まで通える道場を開いて、その武道を一生懸命、生涯をかけて指導し続けたということです。

その先生が願っていたことは、武道を通じて、生きるための胆力を養わせることでした。生きていくのが大変な世の中、困難に出会っても、自分で自分を鼓舞して強く生きる人を育てたい、という思いだったそうです。これは、私がお世話になったある先生のエピソードです。

戦争孤児を育てる話と、武道で人材をつくるという話。この2つが重なって、人を育てることが一番大事だと確信するようになりました。では、そのために私は何ができるのか。私の場合、できることは言葉を使うことだと思いました。

止まることは、弱さではなく体からのメッセージ

3年前、自分が愛していたプロジェクトを止めざるを得なかったのは、怪我のためでした。他にも要因はありました。それは、一緒に行っていた信頼していた仲間の要因でした。しかし、結果的に、そのプロジェクトは終了して正解でした。

今回、私の身に起きた出来事は、父を見送ることでした。その後、私は体に不調が発生し、今は痛みで休んでいます。これで私は、仕事以外の全ての生活を止めることになっています。

止まるのは弱いからではなく、体からのメッセージであると思っています。そうでもしないと、私はいつも走り続け、動き続けてしまうからです。そして、強制的に止められてしまう、怪我とかですね。その時、全てを止めた時に残るもの。これを神様は私に伝えようとしてくれているのではないかと思うのです。

もし明日、全てが止まったとしたら

もし明日、全てが止まったとしたら。極端な話、地球が爆発してしまうとか、大きな津波が来てしまうとか、よくわからないけれども、全てが止まるとしたら、最後に残るものは何でしょうか。その時に、自分が今日、あと数時間の中でやりたいことは何でしょうか。

今日のお話はここまでにします。ここまで聞いてくださって、ありがとうございました。

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  • この記事を書いた人

kanaco

人間の本質はスピリットという光。 スピリットが宇宙から地球にやってきて肉体に宿り "人間として生きることの意味" をお伝えしているスピリチュアルヒーラー。 「あなたの内側の光を見つけて自分らしく生きるには」を共に見つけるガイド。法華経修行歴30年。会社勤め20年。自営業20年。4人の子育て完了。HP制作運営、レストラン開業運営、イベント企画運営、地域サークルオンライン集客。出家せず在家を選択。目標は覚醒者1万人。 お問い合わせはこちら 友だち追加